
こんにちは、中々読み進めるのがきつかったなぁ、みかんです。
そう、サピエンス全史を想像しているとちょっと違いました。
サピエンス全史が例外的に非常に読みやすい素晴らしい本だったのかな?
しかし内容は人類の長い歴史を科学的に読み解きながら、「なぜ白人が世界を支配しているのか」という究極の疑問に納得のいく理由を与えてくれるので、読んですっきりします。
上巻からは、何が人類の行く先を大きく変えたのかについて書きました↓
なぜ世界の富は白人に集中しているのか、なぜアフリカ大陸系の黒人ではないのか。「銃・病原菌・鉄」上巻より。
下巻からは、なぜ世界をリードするのが食料生産が始まった肥沃三日月地帯や中国ではないのか、という疑問について書いていきます。
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肥沃三日月地帯が現代の支配者じゃないのはなぜか?
人類の未来を変えたのは、地理的な環境、いかに食料生産が早く始まったかが大きな鍵になるはずでした。
最初に食料生産が始まった肥沃三日月地帯、そして中国があるユーラシア大陸が横長に広い大陸であったことが、アメリカ大陸やオーストラリア大陸、アフリカ大陸に対する優位を決定づけました。
でもその後は??
なぜ今世界を支配しているのが、肥沃三日月地帯(イスラエルやシリア、イランやイラクなど)の人々ではないのでしょうか?
西暦1000年~1450年においても世界の中心はイスラム社会だった
家畜・植物栽培・文字・冶金・車輪・国家などの主要な発明が最初に登場したのは、肥沃三日月地帯やその周辺でした。
西暦900年頃以降にヨーロッパから水車技術が広がり始めるまで、ヨーロッパ社会から旧世界の技術や文明の発達に貢献したものは一つもありませんでした。
西暦1450年まで、科学や技術はイスラム社会からヨーロッパへ流れていて、技術において世界をリードしていたのは中国でした。
この圧倒的なリードは、肥沃三日月地帯の人々が適性のある野生種に恵まれていたからです。
その点だけでした。
強力な帝国が西へと移動していく過程でリードを失います。
紀元前4000年以降、この地域では、バビロン、ヒッタイト、アッシリア、ペルシアといった帝国が次々と興り、権力の中枢はずっと存在しました。
ワクワクする名前ばかりですね!!
しかし、紀元前4世紀の終わりに、アレキサンダー大王がギリシアからインド東部までの全域を征服すると、権力の中枢は西に移ってしまい、肥沃三日月地帯から永久に離れます。
ローマ帝国の滅亡にともない、今度はヨーロッパ西部、北部へと移っていきます。
何が変わってしまったのか
肥沃三日月地帯が圧倒的有利だったたった一つの要因、肥沃な土壌です。
かつての肥沃な土地の大部分は脳病に不向きな砂漠か、それに近い乾燥地や草原地帯になってしまい、土壌の風化や塩害が進んだ土地になってしまっています。
これは、この地域の森林が農地を広げるために開墾されたり、建築用や燃料用、加工用として伐採されていったからです。
さらに、降雨量が少なく、降雨量に比例する森林再生室が低かったために、破壊に追いつけませんでした。
大量にいたヤギが草を食い荒らしたことも大きかったようです。
降雨量が少ない地域では、灌漑農業のせいで地表の塩分蓄積が進んでしまいました。
こういった過程で有名なのが、インディ・ジョーンズの映画で有名になったヨルダンのペトラ遺跡があったナバテア王国です。
つまり、肥沃三日月地帯は環境的に脆弱だったのです。
そしてこの地域の人々がその環境基盤を破壊してしまった。
ヨーロッパ西部や北部が同じ運命をたどらなかったのは、降雨量が多く、植物が再生しやすい土地だったからでした。
こうして肥沃三日月地帯は圧倒的だったリードを失いました。
中国人が現代の支配者じゃないのはなぜか?
では中国はどうでしょうか。
肥沃三日月地帯と同じくらい古い時代に食料生産が始まり、東西南北に広く多様な作物や家畜、技術が誕生しています。
現代でも生産性の高い集約農業がおこなわれています。
これを考えると、中国がヨーロッパに後れを取っていることは意外です。
なぜアメリカ大陸やオーストラリア大陸を植民地化したのが中国ではなかったのでしょうか?
中世の中国は技術の分野で世界をリードしていた
食料生産という初めの大きな一歩でも世界をリードし、それゆえ鋳鉄、磁針、火薬、製紙技術、印刷術などの様々な発明、後悔技術や海洋技術にも優れていました。
中国は、たった三隻のコロンブスの船団が大西洋を渡ってアメリカの東岸に到着する何十年も前に、インド洋を超えてアフリカ大陸にまで達していました。
鄭和の南海遠征と言い、数百隻という規模、船体が400フィートに達する船もあるなど、当時の最高技術の決勝でもありました。
何が中国の世界進出を阻んだのか
中国が圧倒的リードを失った理由は、中国が統一された国だからでした。
中国の船団は、7回にわたって派遣されましたが、その後は中止されました。
これは、中国宮廷内の権力闘争の影響で、宦官派とその敵対派の抗争でした。
船団は県の政策を推進していたのが宦官はだったので、敵対はが権力を握ると船団の覇権を取りやめ、造船所が解体、外洋航海も禁じられました。
中国は、大きな国が政治的に統一されていたために、一つの決定によって中国全土に影響を与えてしまう、という危険を持ち合わせていました。
水力紡績機の開発も禁じて産業革命も交代、時計技術も事実上葬り去っています。
中国は15世紀末以降、あらゆる機会や技術から手を引いてしまっているのです。
政治的な統一の悪しき影響のよく知られているものが、1960年代から70年代にかけての文化大革命で、ほんの一握りの権力者の決定によって国中の学校が5年間も閉鎖されました。
中国では、統一されているがゆえに、一人の支配者の決定が国全体の運命を決めてしまうということが何度もあったのです。
ヨーロッパは不統一だからこそ支配者になれた
中国とは逆に、ヨーロッパは不統一の歴史です。
カール大帝やナポレオン、ヒトラーといった意志強固な征服者によってさえ、全土が統一されることはありませんでした。
14世紀のヨーロッパには1000の小国家がひしめいていたし、現在でも、EUでさえイギリスのように抜けたい!という始末。
統一を嫌う伝統がヨーロッパに根付いているのです。
ヨーロッパの海岸線は激しく入り組んでいます。
ギリシア、イタリア、デンマーク、ノルウェーなどが半島として突出していて、その先に島が点々とあります。
そこでは人々が独自の言語を話し、民族を形成しています。
また、アルプスやピレネー、カルパチア、ノルウェー国境の山脈があり、それらによってこまかく分けられています。
そんなヨーロッパに対し、中国は紀元前221年に初めて政治的に統合されて以来、長い歴史を通じてほとんど分断されたことがありません。
また、地理的にもチベット高原以東の山脈は自然の障壁になるほど険しいものではないし、東西南北が黄河水系と揚子江水系によって結ばれています。
海岸線は非常になめらかで、地域の地理的結びつきが強かったことは統一、という点では中国に有利に働きました。
しかし逆に、その結びつきの強さが、一人の支配者を生み出してしまいました。
ヨーロッパでは何百もの小国家が独自の技術を競い合っていたので、一つの小国家に受け入れられなかったものも別の小国家に受け入れられるなどして生き残りました。
コロンブスもいろんな国に行って3人の君主に断られながらも諦めず、4番目の君主に探検船団の派遣という願いを聞き入れてもらい、現代に名を遺しています。
ヨーロッパが統一された国だったら、コロンブスはアメリカ大陸を発見できていなかったかもしれません。
小言
この「なぜ世界を支配したのがヨーロッパ人だったのか、なぜ中国や肥沃三日月地帯の人々じゃなかったのか」という視点は非常に面白かったです。
ここにも地理的な要因が大きく関わっていたのか!!
統一されていることのデメリットがあるとは思いませんでした。
なんとなく、統一=いいことだと思っていたのが浅はかでした。。
この本を読んでいると、地理的にヨーロッパはなんと恵まれていたのか!その強運に驚かされます。
肥沃三日月地帯と同じユーラシア大陸だったので、食料生産や家畜、進んだ技術などを効率よく真似できた。
降雨量がある程度あったので、肥沃三日月地帯のように土地がダメになることもなかった。
小国家が乱立していたので、あらゆる技術、思想が受け入れられやすい土壌があった。などなど。
歴史学って面白いですね。
なるべくしてなっている、というのが分かるとすっきりします。
同じような話が繰り返し出てきたり、植物の名前が沢山出てきたりと若干読みにくいですが、読む価値のある1冊でした。
人間の起源、みたいなのがお好きな人にはこちらもおすすめです!
「オリジン」ダン・ブラウン。ダヴィンチ・コードを超える衝撃の結末。神か科学か。
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